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東京地方裁判所 平成7年(ワ)2734号 判決

原告

株式会社ダッド

右代表者代表取締役

新井洋子

右訴訟代理人弁護士

真木洋

被告

株式会社グッドウェル

右代表者代表取締役

五十嵐俊雄

被告

篠原剛

被告ら訴訟代理人弁護士

神谷岳民

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金二一五万四三二四円及び内金二〇〇万四三二四円に対する平成七年三月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の本件建物の所有権取得等

別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)については、平成五年五月二六日、横浜地方裁判所川崎支部平成五年ケ第一三八号不動産競売事件(以下「本件不動産競売事件」という。)の競売申立てによる差押登記がなされ、原告は、本件不動産競売事件における買受人となり、平成六年九月九日、代金を納付して、本件建物の所有権を取得した。

2  被告らの不法行為

(一) 被告らは、本件不動産競売事件の進行を妨害する意図をもって、共謀の上、前記差押登記の後である平成五年一二月三〇日ころ、被告篠原剛(以下「被告篠原」という。)が本件建物に入居してその占有を開始した。

(二) 本件不動産競売事件において、平成六年八月一七日に開札が行われて原告が最高価買受申出人となったので、原告の代理人新井実は、同月下旬ころ、被告篠原及び被告株式会社グッドウェル(以下「被告会社」という。)の代表者五十嵐俊雄(以下「五十嵐」という。)に対し、被告らの本件建物の占有が本件不動産競売事件の買受人に対抗できず、原告を買受人とする売却決定がまもなく下されるから、被告らが本件建物を明け渡すべきこととなることを告げた。

(三) それにもかかわらず、被告らは共謀による占有を続け、原告が1のとおり本件建物の所有権を取得した平成六年九月九日以後も本件建物を明け渡さなかったので、原告は、被告篠原に対し不動産引渡命令の申立をなし(同支部平成六年ヲ第五六〇号)、執行裁判所が右の引渡命令を発し、これに対して被告篠原名義の執行抗告があったが、抗告裁判所により右執行抗告が棄却されて右引渡命令が確定した。

(四) 被告篠原に対する右引渡命令に基づく建物明渡強制執行が横浜地方裁判所川崎支部執行官により実施され(同支部平成七年執ロ第六号)、ようやく、平成七年三月三日、被告ら共謀による本件建物の不法占有が排除された。

3  原告の被った損害

(一) 賃料相当の損害金

本件建物の相当賃料額は、一か月金二一万五二七〇円であり、被告らは、原告に対し、原告が所有権を取得した平成六年九月九日から少なくとも平成七年二月末日までの間一か月当たり右金員の割合による合計一二三万四二一〇円相当の損害を被らせた。

(二) 不動産引渡命令強制執行等費用に係る損害

原告は、被告篠原に対する本件建物についての不動産引渡命令の申立て及びその執行のため、次の費用合計五二万〇一一四円の支出を余儀なくされ、被告らの行為により同額の損害を被った。

(1) 執行官手数料

(七万六四九四円)

平成七年二月六日予納分六万円

同年三月一四日追納分一万六四九四円

(2) 解錠費用等(三万八〇〇〇円)

平成七年二月一〇日支払分一万六〇〇〇円

同年三月三日支払分二万二〇〇〇円

(3) 明渡作業費用

平成七年三月三日支払分三二万円

(4) 執行立会人の報酬 (三万円)

平成七年二月一〇日分一万五〇〇〇円

同年三月三日追納分一万五〇〇〇円

(5) 遺留品保管費用

平成七年三月二三日支払分五万五六二〇円

(三) 弁護士費用に係る損害

原告は、被告らが本件不法行為による損害賠償義務を履行しないため、原告訴訟代理人弁護士真木洋に本件訴訟の提起のための訴訟委任をし、同弁護士に対し、着手金として平成七年二月三日二五万円を支払ったほか、成功報酬として一五万円の支払を約し、これらの合計額四〇万円に相当する損害を被った。

4  よって、原告は、被告らに対し、共同不法行為による損害賠償として、二一五万四三二四円及びこれから左記3(三)の報酬を控除した内金二〇〇万四三二四円に対する弁済期の後である平成七年三月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は知らない。

2  請求原因2(一)のうち、被告篠原が平成五年一二月三〇日ころ本件建物に入居して本件建物の占有を開始したことは認め、その余は否認する。同2(二)のうち、新井が平成六年八月下旬ころ被告篠原と被告会社の代表者に原告主張のようなことを告げたことは認め、その余は知らない。同2(三)のうち、原告が被告篠原に対する不動産引渡命令の申立てをなし、右引渡命令が発せられ、被告篠原が右引渡命令に対し執行抗告を申し立てたが、それが棄却されて、確定したことは認め、その余は否認し、または争う。同2(四)のうち、被告篠原が右引渡命令に基づく建物明渡強制執行が実施された平成七年三月三日まで本件建物を占有したことは認め、その余は否認する。

3  請求原因3(一)は、否認し、同3(二)及び(三)は、争う。

三  抗弁(本件建物明渡しの猶予及び損害金の支払免除)

原告の本件担当者の新井実は、被告らに対し、平成六年一〇月末日ころ、本件建物についての明渡しを平成七年四月末日まで猶予するとともに、平成六年九月九日から平成七年四月末日までの賃料相当の損害金の支払を免除する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  成立に争いのない甲第一、二号証によれば、請求原因1(原告の本件建物の所有権取得等)の事実を認めることができる。

二  次に、被告らの不法行為の存否について判断する。

1  まず、被告篠原が平成五年一二月三〇日ころ本件建物に入居して本件建物の占有を開始したこと、被告篠原が被告篠原に対する不動産引渡命令に基づく建物明渡強制執行が実施された平成七年三月三日まで本件建物の占有を継続したことの各事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、被告らの共謀及び原告の本件建物に対する不法占有の故意の点について判断する。

証人新井実の証言、右証言によって真正に成立したものと認められる甲第一四、一六号証、成立に争いのない甲第一号証から甲第三号証まで、甲第六号証の一及び丙第七号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第四号証、甲第五号証、甲第六号証の二及び甲第一三号証、被告会社代表者の尋問の結果(ただし、後記の信用しない部分を除く。)、被告篠原の尋問の結果(ただし、後記の信用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  平成五年五月二六日、本件建物について、本件不動産競売事件の差押登記がなされたが、平成六年七月一日付けで作成された本件不動産競売事件の物件明細書には、債務者阿久津征治(以下「阿久津」という)から理想科学工業株式会社が本件建物を社宅として賃借中である旨の記載があり、右の占有状況は、執行官が本件建物の当時の現況を調査し、理想科学工業株式会社の従業員米田紀元から事情を聴取して記載したものであった。

(二)  原告は本件不動産競売事件において平成六年八月一七日開札の結果最高価買受申出人となり、同月二四日売却許可決定により買受人となったが、原告の代理人の新井は、同月下旬ころ本件建物に赴いて本件建物を占有している被告篠原とインターホン越しに話をし、通知書(丙第七号証)を差し置いた。右通知書には、原告が本件不動産競売事件において買受人となったこと及び被告篠原に本件建物の明渡しを求めることが記載されていたが、そのとき、篠原は、自らが本件建物に入居した経緯については全く説明せず、ただ詳しいことは被告会社の代表者に聞いてくれ、というばかりの態度であった。

(三)  新井は、右のように被告篠原を訪ねた日の翌日ころ、電話で被告会社の代表者五十嵐に被告篠原が本件建物に入居した事情を尋ねたところ、五十嵐は「所有者から賃借権を買った。賃借権があれば、三年間は買受人に対抗できるので、誰も落札しないと思った。原告が買い受けたのであれば、原告から買い戻したい。」などと述べ、被告らの占有が原告に対抗できないから原告に本件建物を明け渡すように告げた新井に対し、被告会社の代表者五十嵐は、速やかにその明渡要求には応じない旨の態度を示した。

(四)  原告は、同年九月九日本件建物の売却代金を納付し、同日被告篠原に対する引渡命令の申立てをし、同年一〇月一二日に執行裁判所から引渡命令が発せられた。ところが、被告篠原は、被告会社の代表者五十嵐から教えられるままに、被告篠原が本件建物について阿久津から賃借し平成五年一二月三〇日ころ入居しており、原告が被告篠原がそのように占有居住することを知った上で買い受けたので被告篠原に引渡しを求めるのは不当であるとして、右引渡命令に対し、執行抗告を申し立てた。右の阿久津からの賃借は、仮にあったとしても、本件建物についての差押登記の後のことであるから、買受人の原告に対抗できないことは明らかであり、被告らは、前記のとおり、新井からそのことを告げられていたにもかかわらず、右の執行抗告においてその賃借の点を抗告の理由としたのであり、抗告裁判所は、右執行抗告に対し右と同様に被告篠原が原告に対抗できないことを明記して平成七年一月一九日抗告棄却の決定をし、左記引渡命令は確定した。しかも、被告篠原と被告会社代表者の五十嵐は、その後、これに対して、特別抗告の理由もないのに、あえて特別抗告の申立てをしてまで争う態度を続けた(平成七年五月九日原裁判所により抗告却下)。

(五)  被告篠原及び被告会社の代表者五十嵐は、右のように引渡命令に不服を申し立ててこれを争う一方、原告から安価で本件建物を買い取るべく、原告との交渉を求め、遂には、阿久津の債務整理を頼まれていると称する池田博樹なる者を新井に紹介するなどしてその買取交渉を重ねたが、執行裁判所の売却代金の額からすると、被告らの申出の価格が低すぎて折り合わず、交渉は決裂した。

(六)  被告らは、左記交渉の間、本件建物の明渡要求には全く応じる気配を見せず、被告篠原がなおも本件建物を占有し続けたため、原告は、前記引渡命令に基いて本件建物の明渡強制執行を申し立て、平成七年二月一〇日、同年三月三日の二度にわたる執行の結果、本件建物の明渡しが断行された。

(七)  右の三月三日の執行の際、被告篠原は本件建物に不在であったが、被告会社代表者は臨場していた。また、その際、本件建物には被告篠原の表札がはずされ、毛利正一の表札が掲げられ、毛利正一と名乗る老人の男性が本件建物内におり、この者も平成五年三月二五日付の阿久津との賃貸借契約書を執行官に示し、三か月前から被告篠原と一緒に住んでいると申し立てたが、執行官から退去を求められて、本件建物から退去した。被告篠原は、平成七年三月三日、新井の質問に対し、右の毛利が前日の三月二日から本件建物にいた旨の応答をした。

3 右認定の各事実を総合すれば、被告らは、本件不動産競売事件の進行を妨害する意図をもって、共謀の上、被告篠原において本件建物に入居してその占有を開始し、新井から原告が本件建物の買受人になってその所有権を取得することを伝えられたにもかかわらず、その原告の所有権取得の日である平成六年九月九日以後原告の所有権の行使の妨害になることを認識しながら本件建物を不法に占有し続けたものと認められる。

右の認定に対し、被告らは、被告らに本件不動産競売事件の進行を妨害する意図もなく、従って被告らが共謀したこともないと争うが、被告会社代表者の尋問の結果中及び被告篠原の尋問の結果中の被告篠原が阿久津との間で本件建物についての賃貸借契約を締結し、これに基づいて阿久津から本件建物を賃借した旨の供述部分は、先行した売買契約の手付金の倍返し七〇〇万円をもって右賃貸借の賃料三年分の前払債務と相殺し、賃料の支払いなく居住したとする極めて不自然な説明を伴っていること、被告篠原は、新井に対し、前記のとおり、平成六年八月下旬ころ、初めて入居の経緯を尋ねられた際、全くその説明をしないで被告会社の代表者の五十嵐からその説明を求めるようにと新井の追求からのがれようとしたこと、被告篠原は、前記甲第一六号証によれば、新井に対し、阿久津から賃借したことがなく、被告会社の五十嵐に家賃一二万円を払っている旨を答えたふしがあること、被告会社の代表者五十嵐は、相互に一度も面識のない阿久津と被告篠原とを事前に一回も合わせることなく本件建物の売買契約をさせたり本件建物についての賃貸借契約を結ばせたりしたと不自然な供述をしているのみならず、そうした契約締結の仲介をしたのにすぎないのに、その賃貸借契約の締結後も、結局、最終的に被告篠原に対する前記引渡命令に基づく本件建物明渡強制執行が行われた平成七年三月三日までの間、原告側の明渡要求に対しては、被告会社の代表者の五十嵐が主体的に対応し交渉していること、被告篠原はその経験等から見て不動産取引等については素人と推認されるところ、前記引渡命令に対する執行抗告の申立て、本件訴訟における答弁、認否等におけるその主張は、素人には考えつかないような内容が含まれており、右の申立て等をすること自体を含め、被告会社代表者の五十嵐の強い影響を受けている疑いが濃厚であること、被告会社代表者の五十嵐が平成七年三月三日の執行の際に前記のとおり臨場しており、かつ、前記のとおり、その際に本件建物内に毛利なる人物がおり、この毛利が被告篠原と阿久津との間の賃貸借契約書の作成日付と近い日付の阿久津との間の賃貸借契約書を持ってこれを執行官に示してその執行を止めようとしたこと、そもそもこの毛利は被告篠原の説明ではこの執行の前日に本件建物にやってきたというのであるが、被告篠原がこの毛利の本件建物への入居を許していることなどの諸事情からすれば、前記の被告会社代表者及び被告篠原の各供述部分は、到底これを信用することができず、他に前記の認定を覆すに足る証拠はない。

4 右1から3までの認定判断によれば、被告らは、原告に対し、平成六年九月九日から平成七年三月三日までの間、原告の本件建物についての所有権の行使を、原告に対抗できない占有を継続することにより故意に妨害する共同不法行為をしたものといわざるを得ない。

三  抗弁(本件建物明渡し及び損害金の支払免除)について検討すると、被告会社代表者及び被告篠原は、被告らが主張するような抗弁事実があった旨供述するが、前記二において認定したとおり、原告は、本件建物についての所有権を取得する前から被告篠原に対し本件建物の明渡しを求めることになる旨予告し、その所有権を取得するとともに、執行裁判所に被告篠原に対する引渡命令を申し立て、これに基づく建物明渡強制執行を行って被告らの占有を排除した経過があったのみならず、証人新井の証言によれば、原告は本件建物を入手後に転売する予定だったことが認められるのであって、そのような原告が、本件建物を占有する被告らから持ちかけられた被告らへの転売の話が不調に終わったというのに、その明渡しを半年にもわたって猶予するとともに、その間の損害金の支払をも免除するということは、およそ考えられない不合理な行動といわざるを得ず、被告会社代表者及び被告篠原の右記の各供述は全く信用することができず、他に右の抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。被告らの抗弁は、理由がない。

四  進んで、請求原因3(原告の被った損害)について判断する。

1  まず、本件建物についての賃料相当の損害金の額について検討すると、前掲甲第四号証によれば、本件建物を平成二年二月以降阿久津から賃借していた理想科学工業株式会社が阿久津に支払っていた賃料は月額二一万五二七〇円であったことが認められる。被告らはこの額を相当賃料額としては高すぎると主張し、被告会社の代表の尋問の結果及びこれによって真正に成立したものと認められる丙第八号証によれば、本件建物の近隣の類似のマンションとしてその賃料の月額が一五万円であるものがあることが推認されるが、右の認定に係る月額二一万五二七〇円は本件建物そのものについての近い過去の時点での賃料額であって、近隣の類似マンションについて他の金額の賃料事例があるとしても、これが右の認定の妨げになるものとはいえない。以上によれば、本件建物の相当賃料額は、平成六年九月九日以降においても、月額二一万五二七〇円と認めるのが相当である。

そうすると、原告は、被告らの前記の共同不法行為により、同日から平成七年二月末日までの間一か月あたり二一万五二七〇円の割合による合計一二三万四二一〇円相当の損害を被ったことになる。

2  次に、証人新井の証言及びこれによって真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、甲第八号証の一、二、甲第九号証から第一一号証までによれば、請求原因3(二)(不動産引渡命令強制執行等費用に係る損害)の事実が認められる。

3  また、右新井の証言及びこれによって真正に成立したものと認められる甲第一二号証並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因3(三)の事実(弁護士費用に係る損害)が認められる。

被告らは、右認定の四〇万円相当の損害が被告らの前記認定の共同不法行為と相当因果関係がないと争うが、前記認定のとおり、被告らは、共謀して、原告に対抗できない占有を継続して故意に原告の本件建物についての所有権の行使を妨害する共同不法行為をなし、引渡命令に基づく強制執行が断行されるまで本件建物に居坐る態度を示したのであるから、原告がその共同不法行為による損害賠償請求権を実現するために弁護士に訴訟委任して本件訴訟を提起することは十分その必要が認められるところといわなければならず、原告の右認定の損害は被告らの共同不法行為と相当因果関係があるものというべきである。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官雛形要松)

別紙〈省略〉

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